カムトゥルートゥルードリーム
オープンの札を掛けたドアが開き、暖かい春の空気が店のなかに流れ込む。
私は、突っ伏して寝ていたレジカウンターから頭を上げて、一度咳払いをして、喉の調子を整えてから「いらっしゃい」と呟いた。
店に入ってきたのは、まだ若い青年だった。歳はこの前19歳になったばかりで、大学の1回生だ。
私は彼を知っている。彼が欲しいものも知っている。
おどおどしながら彼が私に聞く
「あの、ここは何の店なんですか?」
私は人との会話が大好きで、簡単な言葉のキャッチボールを嫌う。私は私の言葉で彼に聞き返した。
「まず見てもらえば分かる通り、商品の陳列に種類訳などされていない。中古の物もあれば、新品の物もある。君はこういう雑多な店を、普段なんと呼んでいる?」
「・・雑貨屋、ですか?」
分かってるじゃないか。彼が導いた答えを、私は受け取った後、煙管に葉を詰め火をつけた。
私はこの店のレジカウンターに突っ伏して寝ることが多い。
その時夢を見るが、登場人物は私では無く、多種多様な人々の物語であった。
眠りから目を覚ますと、決まって私の店には、商品が一つ増えているのだ。
店を見渡していた青年がまた私に問う。
「雑貨屋なのは分かったんですが、こういった片方しか無いハイヒールも商品なんですか?」
それはある女性が16歳の時に初めて買ったハイヒールの片方なんだ。
綺麗な人だぞ。お前みたいな若者はおそらくすぐ引っかかって、酒を奢らされるハメになる。
「そんなこと無いですよ」と青年は笑顔を見せた。
何を買いに来たのか青年に問うと、彼は曖昧な答えで誤魔化す。それと同時に古びたうちわに手を伸ばす。
そのうちわは、女性が照れ隠しをする時に、恋人の顔面に風を送る用の物だからお前には必要無いと青年に説いた。
青年は怪訝そうな顔をしながら、私に問う。
「さっきからなんで一つ一つの商品に使い勝手とか生い立ちがあるんですか?」
純粋な疑問と言うよりは、私を深く疑った質問だった。
やれやれと、私は青年を椅子に座らせ、コーヒーを入れてやることにした。
「この赤いマグカップは本当は2つで一つなんだがな、片方はあまりにも深いところにあって、私の所には一つしか来なかったんだ」
青年は疑問符をさらに増やし、少々怒り気味で何かを言おうとしたが、先に口を開いたのは私の方だった。
「iPhoneの中のボイスメモは今でもたまに聞くのか?」
彼は2秒ほどフリーズした後、上ずった声で「なんのことですか」と小さくとぼけた。
隠さなくても良い。君の物語は大変面白い物だった。当の君はそうではなかったようだがね。まあその歳から『女なんてろくなもんじゃ無い』なんて思うもんじゃ無いぞ
そう言うと、彼は見る見る間に下唇を前に出して、目を瞑り、その直後に、堤防が決壊するかの如くワンワンと泣きはじめた。
物語なんてほんの一片でしか無く、目の前の彼は私が知っている様な捻くれ者では無く純粋な青年でしかなかった。
私は彼に何があったかを1から聞かされたが、その物語はもう見たことがあるので、ただただ「うんうん」と頷くだけだった。
ひとしきり話をして満足したのか、青年はコーヒーの例を言い、何も買わずに帰っていった。
一人になった日が暮れた店内は少し冷えるので、暖炉に薪をくべて、火をつけた。
レジカウンターに戻り、彼が最初必要としてたであろうシャンプーをカウンター下から取り出した。
もう彼には必要無いだろうと、シャンプーをワンプッシュすると、店内は、ホラー映画が好きな女の子が持つ、髪の香りで満たされた。
「さて、また次の物語を見ようと思って眠りに着いた所で、この夢が終わったんだけどね、だから何が言いたいって、この世界も誰かの夢なんじゃ無いかってこと!」
「他にも言いたいことあるでしょう?」
「だからこの夢見てたら完全に寝坊して、しまって、しかも君に伝えようと思って忘れないうちにノートに書いてたらすごく時間がかかったよってこと!」
「それで?」
「だから、デートに遅刻して本当にごめんなさい。許してください。」
「まあいいよ、今日君の夢を見たの。君と会ったのは大学だけど、私の中学校に君がいて、授業中に考えた話を休み時間に君がするの。あまりにも長すぎて15分の休み時間が潰れちゃって私は起こるんだけどね。」
「僕はどんな話を君にしたの?」
足がすごく速い、男の子の話。