妄想シネマ

妄想都市計画

ハイテンションドリーマー


彼が浮気をしていることに気が付いたのは、休日の昼過ぎ、彼が3度目の2度寝に挑戦している時だった。


彼の浮気をあまり責める気は無い。

そもそも今の状態だってちゃんと付き合っているかどうかはよく分からないのだ。

私が一方的に好きになり、一方的に告白し、一方的に彼の家に住み着いている。

現状としては彼へつながる路地への入り口には一方通行の看板が立ったままだった。

別にそれでも構わないのだけれど、この人間嫌いの男にまともな恋愛ができるとも思えない。

なんとなく女性の外見に惹かれ、妄想に妄想を重ねた後、接触を試み、勝手に幻滅して自爆するのが関の山だ。

そうであればとにかく私はこの一方通行の路地の前に頑として居座り、国家の力で区画整理が行われ、しぶしぶ一方通行の看板を彼が撤去するのを見守る他無いだろう。

さて、現状として彼は顔の上に腕を被せながら一見寝ている様に見えるが間違いなく起きている。恐らく結構前から。

私はそれを見守りながら洗濯をして、食器を洗い、彼がしまったであろうぐちゃぐちゃになった衣服を引っ張り出して畳み直した。

こんな生活が続いて約半年、私が知っている彼のことなんて僅かだ。

ただそれでも彼のこの行動は奇怪である。

まず彼は恐ろしく寝起きが良いのだ。

彼は仕事が終わった後、よく酒を飲みに出かけた。

それで一通りエレクトリックパレードもどきをした後にへべれけになって帰ってくる。

それでも翌朝は私より早く起きてシャワーなんぞ浴びてパリッとスーツを着て完全に戦闘モードに入っているのだ。

そんな彼が布団から出てこない。体調がよろしく無いという線も考えられるがそれも無い。

一度彼が体調を崩したところを見たことがある。

それはもう鮮やかなものだった。

いつも通りパリッと起きたかと思えば飲み物がコーヒーではなく熱い緑茶だった。

彼は「体調が良く無い」そう言うとそのまま会社に行き酒を飲まずに帰ってきた。

珍しく素面で帰ってきたと思えば大きなレジ袋を持っていて一通り私にお粥のレシピを伝えると自分はシャワーを浴び、髪を綺麗に乾かし、指示通り作った1/3が深ネギで作られたお粥を喰らい、ヨーグルトを流し込み、大量のポカリスエットを飲んで異常な厚着をして床に就いた。


翌朝目を覚ますと、脱ぎ散らかした3着分の寝巻きが散乱していた。寝る前首元に巻いていたタオルは五枚あり、全てがまだ汗で濡れていた。

昨日買ってきた1.5リットルのポカリスエットは当に無くなり、いつも通りのパリッとした戦闘モードでいつも通りコーヒーを飲んでいた。

念のため体調を確認すると「万全」と短い返事が帰ってきた。

彼はいとも簡単に風邪ウイルスを殲滅する術をもっている。そんな彼が体調を崩した休日に布団の中でうだうだしてるとは考えにくい。

そうなると考えられるのは完全に二度寝を狙っているとしか考えられない。

幸せな夢を見たんだろう。

彼は何度も何度も二度寝を狙い、ちょっと眠りにつく。

そして私が全力で振ったうちわの風圧を顔に受け起きる。

それがもう何度も続いていた。浮気は嫌なのだ、責められないが嫌だ。

彼は以前私に話をしてくれた。酒をしこたま飲み上機嫌だったのだろう、小さな頃から好きな女の子がいると。彼は微笑みながら教えてくれた。

夢の中にしか出てこない緑みたいな黒髪をした女の子の話を。


そして彼女みたいな女性はこの世に存在するはずが無いということも。

私はこの推測と妄想だけで久しぶりに嫌に落ち込んでしまった。愛されていないことは分かっていたが、存在そのものが必要とされていない。そう思ったからだ。

きっと狸寝入りをしている狐みたいな彼に堪らず声をかけた。


「黒髪にするよ。露出の多い服ももう着ない。だから」


そこまで言った時、狐が鳴いた。

「3日前に緑の黒髪の女に会った。ずっと好きだった事を伝えた。だけどその子が口を開いた瞬間に全部終わったよ。声が全然違ったんだ。言葉使いもね、それから考えたんだよ。んで今また夢で緑の黒髪の女に会った。茶髪に染めててえらい露出の多い格好になってたよ。なんで彼女が好きなのかなんて考えたことも無かった。そもそも彼女とはもう10何年もベンチで座って話す関係だったんだ。よく考えたら顔なんて殆ど見たことない、俺は彼女との会話が、彼女の声が大好きだったんだよ。だから確認したくて今夢の中で彼女の声を聞こうと思って何度も二度寝したんだけど彼女が話す前に顔面に突風が来るからさ」


私は尋ねた。
「それで彼女の声は確認できたの?」

狐は答える。
「ああ、『おはよう』ってうちわ握りしめながら」

私は恐る恐る彼に同じ言葉を呟いた。うちわを握りしめながら。


そこから先については、彼から付き合ってくれと告白されたり正式に一緒に住もうと申し出があったりしたが、今までは付き合って無かったのかと思い、怒りで何度も彼の顔面に突風を叩きつけた。