妄想シネマ

妄想都市計画

すごくはやい

彼は足がすごく速い。

元から足がすごく速い訳じゃない。


小学校2年生の時にかけっこでたまたま1番になった。

あんなもんは、どの組み合わせかで順位が決まるので、純粋な足の速さはあんまり関係無い。

しかし彼は褒められてしまった。

1番の美少女ってわけでも無いけど、皆より少し大人びていて、綺麗な顔立ちの、人を上手に褒めてくれる女の子から

「足、速いんだね」

って笑いながら。


それから彼は、走る為だけに生きてみた。

彼女に褒められる為に生きてみた。

そしたらすごく足が速くなった。


10歳の頃にはもうすごく速かった。

だいたい、大阪~東京間を2分切る位。

 


すごく速い。

 


中学校の徒競走とかは、もうぶっちぎりだった。

ぶっちぎりなんてもんじゃない。


彼は彼女に良いとこ見せようと、絶対1位が取りたくて、ちょっとフライングしてしまう。

「はい、やり直し。」って言われる前にはゴールしちゃってたくらい彼の足は速かった。

しかしその後、ちゃんと一位になって

ちょっとまた大人になって、なんか見てるだけでドキドキするようになったあの娘に聞いてみた

 


一位だったよ!見ててくれた?

 


彼女は言う


「ごめん、速過ぎて見えなかった。」


彼は落ち込んだ。


あの子からはあんまり褒めて貰えなくなった

なんか周りの大人とか、どっかの研究所の人達からたくさん褒められたけど

どうでも良かった

あの子に褒めて欲しいのだ


彼はどんどん速くなって

歳を取るスピードもなんか早くなってきた気がした

僕が足が速い方だからかなあ、と少し心配したりしていた


成人式を迎える日、彼は2時間くらい寝坊した。

まずいまずい、ってバタバタ準備をして

慣れないスーツを着て

車で3時間半かかる道を2秒で走った。


スーツのズボンが半分破れて、彼だけ半ズボンで成人式にでた


あの子は成人式に来てなかった。


いろんな友達に聞いたら、あの子は大きな病気になって、今日手術をするらしい。


なんで誰もお見舞い行かないんだよ、なに成人式とか出てんだよ、いや、僕もだけどさ

彼は怒った、そして聞いた

 

「どこの病院?」

 

 

 


アメリカ」

 

 

ちょっと萎えた。

 

アメリカかぁ・・

いやあ、アメリカぁ?


いや行くけどね。彼の答えなんて最初から決まってた。


彼はすごく速い。


しかし、今回は今までで1番速かった。多分彼自身も結構無茶をしたと思う。


そしたらなんか変な感じがした。だけど彼はあの子の事だけ考えてたからあんまり気にしなかった。


そしたら一瞬で病院に着いて、彼女の病室に行った。

スーツはもうボロボロで、革靴は血まみれだった、うんこも踏んでた。

お見舞いきたよ!

って言いたかったけど、すっごく息切れしてて言葉が上手く出て来なかった。

女の子は肩で息をする彼の目を見たら、なんて言葉が欲しいのかすぐ分かったんだけど

女の子も彼の姿を見て、笑いながら泣いてたら、上手に喋れなかった

 

息も整わないまま、彼は頑張って喋る。

「き、きょー、しゅ、しゅじゅちゅ、だ、よね?」


手術は普通に噛んだ。


彼女は不思議に思って涙も止まった。


「手術明日だよ?」


彼は考えた。

ん?今日手術で、あれ?明日?

ああ。なるほど。


「ごめん、時空超えてた」

 

 

 

「んでね、彼女はやっぱり泣きながら笑って『足、速いんだね』って彼を褒めてあげるの。そんくらい俺が足速くなったら結婚しようぜ!」


「長えよ、休み時間にそんな超大作持ってくんなよ!私の15分休憩を返せよ!」

「いや結構頑張ったよ、この話を休み時間だけでお前に話すの」


「喋るの、速いんだね」

 

そんな14歳の2時間目終わりの休み時間中の話。