妄想シネマ

妄想都市計画

ガールガールミッドナイトタウンガール


ハイヒールを初めて買ったのは確か16歳の時だった。

 


こういう夜にはなにも起きないものだ。

こういう夜がどういう夜かって聞かれても、説明するのは難しい。

多分私しか分からないし、多分みんな知っている。ただただこの感覚を共有する術を私は持たない。

雨も振っていないのに湿度が高く、太ももとベッドシーツが擦れる感覚が気持ちがいい。部屋の窓を全開にしてパンツとキャミソールだけの格好で金曜ロードショーを見ていた。

先程風呂から上がった時に寝間着用のショートパンツを履こうか一瞬迷ったが、こんな布面積の小さなズボンになんの意味があるのか、一人でいるこの部屋の中で私は答えを出せそうに無かった。

先程ネットで知り合った男からメッセージが来た。

正確には先程から何度も何度も私の写真を要求するメッセージが来ている。

男は私を巧妙にSNSからプライベートメッセージへ誘導し、私の写真をもらいつつ、必死さがあまり伝わらないように体の写真を求める。

仮にも同県に住む人間にこんな性欲丸出しのログを残して恥ずかしくないのだろうか。

私は彼の勇気に敬意を払い、律儀にも順を追って過激度を調整しながら写真を撮っては送ってあげた。

彼が自分の誘導能力を過剰評価するくらいに、恥じらいつつ、要求の8割程度に応えてみたりと、目的のよくわからない遊びをしているうちに彼の要求もエスカレートしてくる。

最新のメッセージには「◯◯も興奮してるんだろ?」と高圧的に書いてあった、確認の為股に手を伸ばすもイッツライク砂漠。残念な彼が可哀想になり、私はまた嘘を付き、彼の自称マグナムを写メで送るよう要求してみた。


そこで彼の返信は途絶えた。

彼のマグナムがアスパラだったのか、彼が自分の陰部を他人に送るのは危険だと察知できる程度には常識人だったのか、はたまた彼の性欲が臨界点を突破して宇宙の彼方へ木っ端微塵に消え去ってしまったのか確認するほど興味は無かった。

彼の返信が終わると共に最後のウイスキーがそこをついた。

冷蔵庫にビールがあるが今更つまみもなしにビールに戻るのも億劫だ。焼酎を割る水も無いし、梅酒は昨晩飲み干した。

財布を見ると2000円。私はそそくさと化粧をして、髪を巻き、服を着替えた。香水をいつもの5倍振る。


異常な匂いにアホが寄り、白い肌にはアホが近付き、巻いた髪にはアホが勝手に絡まるのだ。

準備が終わり、昔友達からもらったすごく恥ずかしいBL本の1番過激なページを開いて玄関の廊下に置いた。これは私なりのおまじないで、結構効果がある。

私は高いヒールを履いてクラブへ向かった。


扉を開くとうるさい音楽が流れてくる。最初にもらったチケットは開始早々ジーマになって私の胃の中に消えていった。

後はカウンターの隅で暇そうに座りながら適当な男と目を合わせては微笑んどけばいい。

そのうち第一号が来て3つ位の選択肢から一つ選んだように言葉を放つ

1「一人で来てるの?」
2「踊らないの?」
3「一緒に飲まない?」

3が来れば楽だ。私は首を縦に振るだけで酒が出てくるシステムになっている。

1か2が来たら適当な会話を繋いで「もう少し酔っ払ってからにしようかな」そういえば勝手にお酒が出てくる。

便利なのはこれを4組辺りにしているとさすがのアホ達も私が酒をたかってるだけと気が付き、それ以上はつきまとっては来ないのだ。

たまに韓国人がパワープレイに走って来るが、困った顔をして自称ドSですみたいな雰囲気格闘家の男と目を合わせれば簡単に事は済む。

 

そんな事をしているとたまに良い男が居て、自宅へ上げても良いような気分になるがおまじないが発動することでそれを回避する。


一通りカモになりそうな男達から酒を頂き、そろそろ潮時かと思った時、ナンパが多いこのクラブには似合わないスーツの男と大量の女が入ってきた。

男は開口一番に大きく「好きなもの頼んでいいよ!」と気前の良いことを言った。

私もあやかろうと男に近付き、酒をねだった。

男は私を見ると、怪訝そうな顔をして困った様に言った。

「君は凄く僕の彼女に似てる。似てるけど違うんだ。だからあんまり長く居る気分には慣れない。よかったらこれでなんか飲んで」

そう言うと、私にそっと2枚の貨幣を握らせた。

彼に連れられて来た女がそれぞれ酒を頼み、バーカンから料金を請求されてる時、彼の姿はもう無かった。

私が彼に握らされた拳を開くとそこには2円が慎ましく鎮座して居た。

彼の事が凄く気になり急いで外へ出ると、彼の姿は既に遥か彼方へと消え入りそうだった。

見失わない様に彼の背中を見つめ、ハイヒールを脱ぎ私は全速力で走った。

「待って!」と大きな声で叫んだら、彼はいきなり異常に速いスキップを初め、颯爽と夜の闇に黒いスーツが溶けて行った。


ボロボロになった足の裏の痛みと、湿度の多い風に当たって思い出す。


今日はなにも起きない夜なのだ。


改めてヒールを履く気にもなれず、裸足で帰路を進んだ。

もし私がスニーカーを履いていたら彼のスキップに追いついたかもしれない。

今日の服装にスニーカーを合わせて想像してみるが、無いなと思い鼻で笑った。

帰宅し、BL本をタンスの中へとしまい、ベッドに入りケータイを確認する。大きい音に紛れて気が付かなかったみたいで昨夜のマグナムからメッセージが届いていた。

「チンコの写メは送れないけど、今度映画見に行かない?」


脈絡の無い文章に少し微笑んでる私はアホの顔をして居て、アホの夜にはアホしか居ないと少しだけ寂しくなった。

せめて夢の中だけでも、ストーカーが付くくらい、可愛い女の子になりたいと願いながら夜が明ける3秒前に私は眠りに着いた。