妄想シネマ

妄想都市計画

サニーサイドアップサイド

名古屋にはオマケで朝食が付いて来るコーヒーを出す店があると聞く。


いつものカフェで朝食をとっていた。

毎朝毎朝、このカフェで同じ朝食をとっている。目玉焼きとパンの簡単なものだ。

仕事の日も休みの日も毎朝食べていたら、今日店員のおばちゃんが「オマケね」とプチトマトを添えてくれた。

いらない。すごくいらない。そもそもトマト食べれないし、目玉焼きの横にコロンと転がる一個のトマト。


まるで僕みたいだと思った。

小学4年生の時にSMAPの歌がやけに流行って、オンリーワンが尊重された時代に僕は育った。

かけっこでビリから2番目でもオンリーワン、ドッジボールで当てられずに忘れ去られてもオンリーワン、好きな女の子はみんな僕に恋の相談をして知らない男と成就していってもオンリーワン。

恐ろしくロンリーな世界だ。どうせならいっそのこと貶して、泥まみれになる位ボロボロにされれば心の隅に眠っていれば良いのになあと思っている負けん気が顔を出して、僕だって何かの分野で大成功!

なんてことは無いんだろうなと妄想を止め、思考をスライドさせて、このトマトをおばちゃんはどんな気持ちでサービスしたのか考えた。息を止めながらトマトをかんで水で流しこんだ。


脇役体質。遺伝か因果か、僕は明らかに脇役だった。はたから見える脇役にだってその人の人生があり、その中で皆主役として生きている。

ただ僕は100人いたら100人が一斉に指を指して「脇役!」と叫ぶ程の脇役っぷりだ。

例えばルイージがそうだ。緑の帽子を被ってコントローラは2P。もちろんマリオが死んでからじゃないと使えない。

僕は彼に親しみさへ感じていた。ゲームでは率先して彼を使った。カーレースで彼を使おうもんなら、順位なんてそっちのけでマリオの後ろに回っては赤甲羅をぶつけ続けた。

僕が中学2年の時に彼は酷い裏切りを見せる。

ゲーム屋で見た時に戦慄した。そのパッケージには彼が大きく写っており、どこにも赤い帽子の兄は居なかった。

大きく書かれたタイトルには彼の名前が入っていた。

ショックで僕は持っている緑のTシャツを全て破り捨て燃やした。

ただ大人になるにつれそんな体質とも折り合いが付き、脇役は脇役なりにと身分相応な生き方を実践して来た。


控えに、控えを続けていたら、就職も決まらぬままバイト生活を送ることとなった。


ただ僕は仕事中に様々な主役を否応無しに演じることになる。

いろんな名前の女の子となり、会員様達へメールを送り、ひたすらにポイントを消費して頂く。

いわゆる出会い系サイトのサクラと呼ばれる仕事だ。

脇役の僕にはピッタリな仕事じゃないかと今日もFカップ設定の女の子になりきりちょっと内股でメールを作成し続けていた。

時間も昼過ぎになった頃社員の人に呼ばれ珍しくミッションが課された。

まだ世に出回って居ない女の子の画像、それももちろんエロありきの写真を入手することだった。

本来こういった写真は提供してもらえる業者が有るんだろうがもともとグレーゾーンの会社だ社会の風当たりが強くなりつつ有るのだろう。


ミッションを果たすべく帰宅した僕は手当たり次第にSNSへ登録し、直接コンタクトを取る作業へ取り掛かった。

もともとSNS世代として育てられた僕達だ、それも現実じゃ脇役として生きてきた僕である。昔SNSでどこかに存在するであろうイケメンの写真を流用し、架空の僕を作り上げた恥ずかしい過去だって持っている。

この手の作業は慣れたものだった。


しかし今の若い世代、学校でSNS使用の注意が促されているだけはあり、ガードは昔より硬かった。

そこで僕は自分と同世代の女性にターゲットを絞る。この手の写真を貰う時に大事な事が何個かある。

まずは個人使用で有ること、相手の女の子とテンションを合わせること、写真を送ることで相手に充実感を与えることだ。

テンプレートを使い、女の子達からある程度の写真を回収し、そろそろ眠気も来ていた頃、不思議な女の子に出会った。

彼女のプロフィールには「世の中全ての祖チンの脇役達へ」と書いてあった。

なんだか僕は見透かされたようでムキになってしまった。

全ての技術を駆使してこの子を陥落させようとコンタクトを取り

テンプレートに忠実に、趣向を凝らした。

住まいを彼女と同県に設定し下心を完全に隠した文面で連絡先を聞き出し

徐々に要求をステップアップさせながらこちらの興奮を伝えた。

怖い位に写メの回収が進み過ぎ、僕には一つの疑念が浮かぶ。

こいつ同業者じゃないのか。

あまりにも写メの準備が良すぎるのだ。間違いなくマイナーではあるが既に世に出回っている画像。それを巧妙に送って来ているのだ。

あまりにも文面が男の理想過ぎる、毎日毎日僕も似たような文面を考えているだけはあり、こういったメールには敏感なのだ。

過去の教えに習い、会員様のメールを真似て彼女が興奮してるかどうか確認するメールを送ってみた。

帰って来たのは僕がよく仕事中に使うような猥褻な言葉が並べられた文面で、最後にはリアリティを出すためだろう僕の下半身の写真を要求して来た。完全にクロだ。

女性がそんな写真を欲しがるものかこのアホ助め。

腹立たしさを抱えたまま僕の意識は睡魔に喰われた。


久しぶりに夢を見た。僕は僕だけど僕じゃなくて、人に好まれそうな容姿をして、吸ったこともないマルボロを咥え、身振りが洗礼された格好の良い大学生だった。

母校の大学の新入生として雛壇式の教室で授業を受ける。

ある日後ろの席から肩を叩かれ、可愛い女の子から連絡先を聞かれるのだ。その後付き合う事になって、彼女から映画へ誘われた。

ウキウキした気分で帰宅して、ウキウキしながらデート用の服を考え、ウキウキしながら夢から覚めて、ウキウキしながら絶望した。

時間は夜中の3時を回っていて、ソファで寝ていたもんだから身体が痛んだ。

夢の自分を反芻し、心の中にいまだ居た夢の中のウキウキを申し訳程度に踊らせてみた。

夢の彼女とホラー映画を一緒に見にいきたかった。最終的には恋愛ものになるらしいその映画はどんな内容なのだろう。

連絡先に女友達なんて居ない僕は主役になれる最後の希望を先程釣られかけた同業者に託した

社交辞令でいいからその映画の誘いにOKの返事が欲しかったんだと思う。


最後の希望を乗せたそのメッセージへの返信は、次の日もその次の日も来ることは無かった。


翌日も目玉焼きの隣にはサービスのプチトマトがあり、美味しく食べよう美味しく食べようと思って食べてみると、トマトも意外と美味しく食べれた。なんてことはもちろん無く、耐えきれずに僕はやはり水で流し込んだ。