妄想シネマ

妄想都市計画

冬の話

寒い。ウザい。キモい。

SNSを開けば不平や愚痴が言葉の限り横行するようになっている事を、改めて実感する2014年初冬。

私は暖かい車中にて、高速道路を走る車のハンドルを握っていた。

今日は確かに急激に気温が下がり、雪まで降ってきていた。

私は先程から、フロントガラスに突っ込んでくる雪を見ながら

「これは雪が突っ込んで来ているわけではなく、あくまで地面へ向かう雪の中に、この車が突っ込んでいってるだけ」と脳内に図式を書いて、何度も何度も、自分に言い聞かせたが、私の視覚は、どうやっても雪が車に突っ込んでくるようにしか認識できなかった。

この寒さの中、今日1日だけで、何回もの「寒い」という言葉を耳にした。

時は2014年。

寒いのなら車を買え。暖房を付けろ。それが無理なら布を着込め。防寒具を付けろ。

現代文明の中で今更天候に不満を漏らすなんて、なんて非効率なことか。

私は正しく生きてきた。正確には、正しいと思う行動のみを続けてきた。

そうやって生きてきたら、いつしか言葉をふいに呟く事は無くなり、必要最低限の主張と交遊で、私の社会は成り立っている。

後悔なんてしたことは無い。私は選んでこの道を進んできたのだ。今の私に、誰がどんな説教を垂れようか。

ただ、4年前の冬。彼女はこう言った。

「貴方は正しい。正しいから、私はすごく寂しい。」

私はあの時、言葉を探したし、解決方法を模索した。

ただ、長い間噤んでしまったこの口からは言葉は全くでてこず、私が選んだ答えは正論であり、短絡的でもあった。

寂しさの原因だった私は彼女の前から姿を消した。

こんな事を思い出すのはあの日も雪が降っていたからだろうか。くだらない。

ついこの前真月の夜、私は珍しく酒に浸り缶ビールを片手に近所の公園に出た。

ベンチに座って、丸く、いつもより濃い月を眺めようとすると

そこには先客が座っていた。

隣を失礼する旨を伝え、小さな礼儀で予備のビールを差し出すと、先客の青年は「未成年なんで」と無愛想に断った。

暫くの間、街の喧騒だけが流れ、気まずくなった私は青年に問いかけた。

「月を見てるのか?」

青年は小さな声で語り始めたが、その話は力なく、また無駄に遠回りをする言い回しで、プレゼンテーションとしては0点だった。

彼は感性を大事にしているらしく、別れた彼女への思いを忘れないよう、こうやって感傷に浸っているらしい。

そんなことをしてもなんの意味も無ければ、生産性も無い。彼が今、そんな無償の愛を1人こねくり回しても彼女には届かないし、もし届いたところで何も起こらない。無駄だ。

私も若い時は似たようなものだった。ただそんな自分の甘さ故に足の小指を無くしてから、自分に決別し、正しい道だけを選んできたのだ。

解決したいならさっさと忘れるか、取り戻したいなら算段を立てるべきだ。私ならそうする。

そう彼に1時間かけて私は論じた。

彼から出てきたのは「はあ」という肯定とは取りにくい返事で、これ以上は時間の無駄だと感じた私は公園を後にした。

青年のことを思い出すと、頭に痛みが走るくらい、彼女のことを思い出してしまうのは何故だろうか。

私は正しい道しか進んでいない。それは間違いないのだ。

ただ、彼女の事を思い出した私はタバコが吸いたくなったが、車の窓を開ければ、雪が吹き込み寒くなるのは目に見えている。

それでも私はタバコが吸いたくて、窓を開けた。

フロントガラス越しに見える景色は、何を理解しようとも、やはり雪が車に突っ込んで来てる様にしか見えず。

私は口から漏れそうになった言葉を抑えようと、急いで手を当てたが、指の隙間から声はすり抜けてしまうだろう。

頭の中は寂しい思いをさせてしまった彼女と逃げ場の無い自分自身でいっぱいになり、遂には声が漏れてしまった。

『寒い。』

僕はそう言うと自宅の窓を必要以上の力で閉めて、ベッドに転がった。

九州では珍しく年が変わる前に大雪と呼べる天候となり、どういうことか、もう一週間も降り通している。

最初は物珍しさ故か、世間は賑やかだったが、連日となると雪に耐性の無い地元住民は日常生活が困難になるほど対応が出来なくなっていた。

こうやって、世間の動きが悪くなると、世間と壁を隔てている僕は、少し気分が良くなる。

なんだかよくわからないけど、心が少し楽になるのだ。

先日仕事を辞めてからは毎日なにもすることがなく、ただひたすら自分の中に溜まった鬱憤を、文章に書き起こしたり、曲に変えたりしていたが、これといって出来上がったものは一つもなかった。

なので毎日は、ネット上に「呟き」という140文字までの少ない言葉をいかに綺麗に使い、趣のある発言が出来るかで僕の生活は記録されていた。

その記録は彼女と別れた日から初まる。

彼女との別れを言葉で誰かに伝えても、その本質は伝わらないのだ。

僕だって辛いこの感覚は、誰にも分からない大切なものだから、ギザギザしていても大事に今はしまっているのだ。

伝わらないといえば、最近この話を初めて他人にしたのだけれど、その男は先日自殺した。

男はアパートの隣人で、僕が目覚めるころ仕事を終え、部屋から見える駐車場に車を停めるので顔は何度か見たことがあった。

アルコールで睡眠薬を過剰摂取するスタンダードなその自殺は、翌日出社しなかった男が同僚に発見されるまでの間で見事に敢行された。

隣人という接点しかなかった彼と言葉を交わすことになったのは、満月の夜近所の公園にあるベンチに座り、1人公園で満月を見てる事を呟いて、皆の反応を待っていた時だった。

ビールを片手に現れた男は、未開封のビールを僕に差し出したが、未成年であることを伝え断った。

実に悩みもなく、情緒に欠けたその男に僕は自分の話がしたくなり、月を見てる理由にして、彼女との別れの話と僕が大事にしている気持ちを一通り語った。

一掃された。

男は「くだらない」と一言呟くと、説教とも取れる自論を展開してきた。

確かに男が言っている事は正しく、解決方法としてはなにも間違っていない。

ただ、男の話を聞いていて、男はなにも感じず、大事な気持ちに気がつかぬまま、歳を重ねてしまったんだと思えて、僕とは全く違う人種に思えてしまう。

聞き終わり、僕の口から出てきたのは「はあ」という、ため息とも取れる返答だった。

男は満足したのか、無言で立ち去り。僕は今あった出来事をネット上に呟いた。

男には分からないであろう気持ちを僕は大事にしていて、この気持ちをそのまま受け取れるのはやはり彼女しかいないのだ。

僕は、どうしても彼女にこの気持ちをわかって欲しくて、自宅のドアを開け、積雪の中、裸足で飛び出した。

ゆっくりと雪を踏むと、思っていた10倍ほど外は寒く、雪は冷たく、一瞬怖気ずいたが、雪に埋れて横になり、彼女に長い長いメールを打った。

最後に雪に埋まって紫色になった自分の足を写真で添えて彼女に送信した。

送り終えて、雪の上にケータイを放り投げると、間髪入れずにケータイが震え、そこに表示されたのは「宛先不明」のエラーメールだった。

この感傷を呟こうとするも、暫くして雪の水分にやられたのかケータイはうんともすんともいわなくなった。

急に寒くなって部屋に戻ろうとしたけれど、足の感覚は既になく、ちょっとヤバイ色になっていたので近くの公衆電話から僕は救急車を呼んだ。

迅速な救急隊員に保護された僕は足の治療をされながら、小指が壊死していて、切断になることを医師から宣告された。

何故雪の中裸足で居たかという至極当たり前な質問が僕になされ、救急隊員のことや、きっちり医師という仕事をこなしている人の前で、僕は急に恥ずかしくなってしまい、何も答えることができなかった。

病院から出た、足の小指を失った僕は、眼前に迫ってくる雪を鬱陶しく感じ、ふと立ち止まってみると、雪は迫っていた訳ではなく、落ちていく雪の中に僕が突っ込んでいただけだと気が付いた。

またゆっくりと歩を進める中で、これからは人に恥じることの無い、正しい道を進もうと、「寒い」と漏らしそうになった口をギュッと閉じ、マフラーをもう一巻き余分に巻いた。