妄想シネマ

妄想都市計画

恥を丸めて、弾倉に込める

      

「裾の長さどれくらいがお好みですか」

 


一瞬ではなく、断続的に、ただ不可抗力によって女性の胸が見えている時に男はどうするべきなのだろうか。

 

 

 

「胸見えてますよ」10代の頃ならきっとそう声をかけていただろう。

 


それは何故か。若さという鋭利な武器を好き放題振り回し、顔面偏差値の高さに甘んじ、万が一に、相手が嫌悪しても200を超える対策法を編み出せていたからだ。

 


そしてそこに「私はあなたの胸を見ましたよ」と謎のアドバンテージが生まれ、簡易的なマウントを取れる。

「世界は自分を中心に回っている」どころか「世界?回ってんの?知らねえな」と地球の自転すら無視をする傲慢さを見せていただろう。

 


そして下した決断は「見ない」

 


なんとありふれた判断だろうか。

そこには自由に見れる胸があり、かつ見ていることも気付かれない。

 


それでも僕は、その一般的に正しいとされる判断を下した。

 


これは正しいことなのか、正解なのか。

違う、自分に自信がないのだ。

 


30歳になる男に、おそらく新卒であろう女の子が胸を見られることにより、気分が高揚したり、疲労がポーンととんで嫌なことを忘れたりする効能は無い。

 


もっと言えばこの買い物の中で繰り広げられる談笑でさえも、業務の域を超えず「ありがとうございました」と店を一歩出れば、もう僕のことなど二度と思い出さないだろうし、彼女の記憶の傍にも残らない。

残るのは帳面に記載された売り上げのみである。

 


なんてことだ、思えば遠くに来たもんだなんて言葉があるが、ここはどこだ、私はだ...

 


「あの、裾の...」

 


彼女の言葉で我にかえる。

「あ、短めで。はい、ダブルの3.5センチでお願いします」

 


彼女は不思議そうな顔をして、僕の足元でいそいそとスーツを調整していた。

 


先程まで見えていた胸は、角度が変わりもう見えることはないし「スキニータイプがいいですか?」と聞かれ「スキニーが好きなんですよねー」なんて、過失によるダジャレも無かったことになっていた。

 


お盆初日の今日、僕は長崎市街地にあるショッピングモールに来ていた。

 


割れたiPhoneの画面を直すことが目的だったのだけれど、久しぶりに中心街まで来たのにいそいそと帰るのももったいないと思い、ふらふらしている時に、仕事用のスーツを最近2着廃棄したことを思い出し、スーツ屋に入った。

 


店内に入り、商品の前に立つやいなや、まだ仕事に不慣れそうな女の子に「お好みのお色とかおありですか」と全てに「お」がついた丁寧なお言葉で、お声かけいただいた。

 


(この子はきっと『おちんちん』って言うんだろうな)と考えながら「暗いのが好みです、もう少し見ますね」と自尊心を出来るだけ傷付けないよう返事をした。

 


一つのスーツに注目すると、おそらく商品説明が始まってしまうので、そうならないように出来るだけ短時間で目当ての商品を探す。

 


4着ほど気になるものがあったが、自分で棚から取り出して、検討し始めると彼女はきっとやりにくくなってしまう。

そう思いスーツを選ぶ僕の傍にいた彼女に声をかけた。

「これ試着してもいいですか」

ご試着ですね、と笑顔を浮かべる彼女に「あとこれと、これと」と商品を取ってもらい並べてもらう。

(ああ、明るいところで見るとちょっと違った)と失敗するも、彼女の流れを崩さぬように並べてもらう間に再度物色する。

 


準備ができた為、試着室に向かい扉を閉めた。

やっとマークが外れて一息つくのも束の間。扉の前では彼女が待っている為出来るだけ早く試着を済まし、裾をある程度自分でセットし外に出た。

 


扉を開けて目線も合わぬまま「サイズもちょうどいいですし、よくお似合いです」と彼女から声をかけられ、短くお礼を返した。

きっと「これ美味しいよ」と差し出した料理を口に入れた瞬間に「おひひいへす」と言ってくれる優しい子なのだと思う。

 


そもそもこのサイズと形が合うことは知っている。ここのスーツは仕事用で何度も買っていて、4パターン程しかない既製品は大きくモデルが変わることもない。

せいぜい考えるのは柄と色くらいだった。

 


なので試着に時間をかけるのも悪いので、ズボンはそのまま別のジャケットを試着し3着購入する旨を伝えた。

 


そして裾直しが始まり、冒頭に戻る。

 


ここ10年で、何が変わり、何が成長したのか。

または、何を失い、何を忘れたのだろうか。

 


数が多すぎて、途方にくれる。

カズノコの粒を一粒ずつ噛んで食べようと思っていたのに、途中で嫌になり飲み込んでしまうような感覚に陥る。

 


先日友人から生存確認の連絡が来て、近況を報告したら

「ヤク中のストリッパーと、改造した派手な小屋で同棲したりしてるの期待してた」

と返事が来た。

 


画面を見ながら「そんなバカな」と口をついて出た。

しかし彼の中での僕はそうだったんだろう。

見てくれ、そいつは胸チラから弱気に目をそらす男になったよ。

 


こんなことを書きながら喫煙所で裾が補正されるのを待っていた。

 


先程完成したスーツを試着したら裾は思ってたより短く作られていて、よくも見ないで「ぴったりですね」と口にする彼女に「裾、ルパンみたいだね」と伝えたら

「え?ルパン?あー、、、ルパンみたいですね」ってちょっと笑ってたので、色々あるけど、まあいいかと思えた。