妄想シネマ

妄想都市計画

三人称 心理描写無しのやつ

「すみません、時間外になってしまって」

 


男は鞄から申し訳なさそうに、自社エンブレムが印字されたA4サイズの封筒を取り出しながら呟いた。

 


「いいえ」と素っ気なく返事をした女は、居酒屋の薄暗い照明の中、封筒から取り出した資料に簡単に目を通すと、改めて封筒の中にしまい「ありがとうございます」と短く軽く頭を下げて続けた。

 


「明日は顔合わせ程度なので、簡単な説明になりますが、不明点で回答できないものは持ち帰りますので、改めてご連絡させていただきますね」

 


「その時間空けときますので、良かったら途中でご連絡いただ『生2つですねー!』

 


店員のわんぱくな登場にかき消され、男の主張はジャズ調の音楽の中へ霧散した。

 


「あ、じゃあ」と男の歯切れの悪い乾杯の音頭で2人はジョッキを軽く合わせた。

 


キン、ともチンとも違う、ジョッキ特有のゴッとした鈍い音を立て2人の夜会は始まる。

 


男は乾いていたのか、ゆっくりと、ただ止まることなく顎の高さを上げビールを飲み干した。

 


ジョッキを置くと同時に呼び出しのボタンを押し、即座に来た店員にジョッキを見せ「おかわりを」と用件だけを伝える。

 


その様子を女は見ながらも、特に感想を言うわけでもなく話を始めた。

 


「そういえば先日提案させてもらった、製薬会社から今日連絡があって、明日契約書をいただけそうです。取り急ぎメールでお送りしますね」

 


「ほんとですか?」と男は笑顔になり、ありがとうございますと言いながらジョッキを持つが、先程飲み干したことに気が付き、バツが悪そうに手を離そうとした。

女は「飲みます?」と自分のジョッキを差し出すが、手のひらを見せるジェスチャーで男はそれを断った。

 

 

 

「別にいいのに」と少し不機嫌に手元へジョッキを戻した女は、灰皿を手に取り男の前と、自分のところへ1つずつ配置した。

 


管楽器の音の中をかいくぐり、男のお礼が女へ届く。

 


「けど、本当にありがとうございます。正直薄いと思ってた案件なので決まったのは良かったです。流石ですね。」

 


女は「いえいえ」と謙遜しながらも「薄いと思ってたんですね」と頬杖をつきながらニヤニヤし呟いた。

 


男は慌てて言い返す「いや、あれは春山さんが正直キツイかもって言ってたから」

 


言葉を受けた女は眉間にしわを寄せ、目線を天井の隅に当てながら考えた。

 


「私言いましたっけ?いや、商談の感触良くなかったのは本当なんですけど、私言いました?いつ」

 


問いただされた男は腕を組み、考え込むように腕を組む。

二、三度首をひねる間におかわりのビールが届いた。

 


一口流し込んだ男は「御社に伺って打ち合わせした時じゃないですか?」と曖昧ながらも答える。

「いや上司の前で、そんな話口が裂けてもできませんよ、だいたい同席してるでしょ。2人で打ち合わせすることなんかない、です...し...」と尻すぼみな口調に、途中で何かに気が付き、2人とも口を小さく開いて「あぁ」と自分を納得させる様に細かく頷いた。

 


「タバコいいですか」との男の質問に、先程置いた灰皿を指でつついて女は促した。

 


鞄のサイドポケットを開けて、中を探すもガチャガチャとしただけで、何も取り出さず閉めた。諦め半分でポケットを弄るも、収穫はなく男は残念そうに再度ビールに口をつける。

 


女は黙って自分の鞄から、タバコを取り出し男の前へ差し出した。男は会釈をしながら一本抜き取る、テーブルの丁度真ん中にそのタバコを置いた女は自分の分も口にくわえ、ライターで男のタバコに火を付けた後、自分の口元へ火を近付けた。

 


「どうですか、最近」と女の漠然とした質問に男は「いつもどおりですよ」と当たり障りのない回答をする。

 


煙を吐き出しながら男は思い出した様に再度タバコの入っていない鞄を開けて探り始めた「そういえばコレ」とアイラインを女に差し出した。

 


「どうも」と受け取るも目線は男から外れない「コレ、サガシテタンデスヨー」と感情を抜いた様な喋り方に男は苦笑する

 


「こういう類のトラップは勘弁してください、気付けないから」

 


「承知いたしましたー」と女はまだ長いタバコを灰皿に押し消した。

 


見かねた男は話を仕切り直す「今って見込み3件ですよね、他社もあると思いますけど今期大丈夫ですか?」

 


「今、時間外なんで」と女は素っ気なく返す。

 


男は目をつぶり、鼻から一息吐きながら、呼び出しボタンを押す

 


「もうそのビール飲まないでしょ、どうするの」

その質問で女の表情はみるみる柔らかくなり、「おいしいサワー」とわざと恥ずかしそうに呟いた

 


扉を開けた店員に、男は生搾りと書かれた柑橘系のソレを注文すると、ネクタイを緩め、断ることもなくテーブルの真ん中に鎮座したタバコを咥え、女へ手のひらを見せた。

 


女がキョトンとするのも束の間、男は「ライター」と単語だけを発し、ライターを受け取るとタバコに火を付けた。

 


天井に向かい大きく煙を吐きだす男に女は問いかける「いきなり態度変えるのやめてくれません、こっちも段階踏まないといけないんで」言葉とは裏腹にテーブルの下ではパタパタと足を動かしている。

 


男は煙と共に発した「すみません、こちらも時間外なので。明日仕事でしょ、飲みすぎない様にしてくださいね」

 


女も呆れ顔で返す「明日のアポ、あなたの案件だけなので。破談になったらごめんなさいね」

 


「いや、それは。ね。違うじゃないですか、ごめんなさい。それお口に合います?嫌だったら違うのに変えますよ。」

男は焦って早い口調で弁明した。

 


にこやかになった女は畳み掛ける様に言う「口に合わないので、後はあげます。それより桃鉄しましょうよ。続き」

 


目線が泳ぐ男にトドメの武器を突き刺した

 

 

 

 


「彼女と上手くいってますか?」

 

 

 

「いつもどおりですよ」

男は負けを認め、生搾りとはなんなのか。と考えながらレモン味の炭酸を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

続く